美術の中心
1930年代のニューヨークは、ベン・シャーンら、労働者の貧しい現実や社会問題を描く具象絵画やアメリカ地方主義絵画が全盛で、モダニズムはヨーロッパにおける以上に違い肩身の狭い存在だった。
そのころハンス・ホフマンとジェゼフ・アルバースというドイツ人画家がグリニッジ・ヴィレッジで私塾を開き熱心に抽象絵画を教えていたほか、彫刻家イブラム・ラッソーのスタジオにもアド・ラインハートやジョゼフ・アルバースらが集って後に「アメリカン・アブストラクト・アーティスツ」という組織に発展した。
またロスコやポロックなど後の抽象表現主義のスターとなる作家たちが先輩作家らとおのおのグループを組んで小規模に活動していた。
1940年代前半、第二次世界大戦の戦火を避けて、ヨーロッパからシュルレアリスム、抽象絵画、バウハウス関係者など、美術家、音楽家、建築家、デザイナーらあらゆる種類の前衛芸術家がニューヨークに亡命して来た。